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ブルーハーツ
第一話
  地下鉄のホームには、いつも突風が吹き込んでくる。
「さむ」と、隣に立っていたおじさんが、大げさに肩をすくめた。
  いつもは車を使うから、電車に乗るのは久しぶりだ。押し合いへし合いの車内で、背が高くてよかった、と思った。
「そんなふうに見下ろしてると、女の子なんて、みんな可愛く見えちゃうでしょ」
  昨日、藤田さんに言われたのは図星だった。190センチから見下ろせば、たいがいの女の子は、小動物のようにみんな可愛らしい。
  そう言った藤田さんだって、背伸びしたって僕の肩に届かないくらいの身長だ。多分、年は僕より上だけど、やっぱり可愛らしく思える。もちろん、それは身長のせいだけではなく、藤田さんだけの、特別なものとして可愛らしいのだけど。
  藤田さんは、取引先の会社の人で、幸運な偶然から一度だけ食事に同席したことがある。
  細くて、小さくて、目が大きい。髪は黒くて、長くて、つややかで。いつも上質な白いシャツに、すっきりと細身のパンツ姿で、靴底の赤いパンプスを穿いている。何より、いつもにこやかで、せかせかしていない。
  初めて見たときから、素敵な人だと思った。きっと、始めて会う誰もが、そう感じるだろう。モテるんだろうな、とも思ったし、どんな恋人がいるんだろう、とも思った。漠然と、憧れるような気持ちで、藤田さんの会社を訪ねるのが楽しみになった。
  それが、食事のときの会話で、藤田さんには恋人がいないと判ってからは、欲張りな想像をするようになってしまった。
  お茶に誘ったら驚かれるかな。メールアドレスを渡したら、煙たがられるかな。デートに誘ったら、嫌われるかな。
  そんなことを繰り返し考えて、気が付いたときには、その全部をいっぺんに試してしまっていたのだ。
  藤田さんは、「うふふ」と控えめに微笑んで、僕の名刺を受け取ってくれた。裏には僕の携帯の番号と、メールアドレスが書かれている名刺だ。そして、「そんなふうに見下ろしてると、女の子なんて、みんな可愛く見えちゃうでしょ」と、ちょっとにらむような上目遣いで、言った。
  地下鉄の窓ガラスに、にやにやする僕の顔が映っている。ホームにいた寒がりのおじさんの、汗を浮かべた額が、僕の脇の下にあった。
  見知らぬ人との密着や接触が苦手なはずなのに、それほど不快に感じないのは、藤田さんのことを考えていたからだろう。がらにもなく、おじさんだって毎日大変だよなあ、などと同情する気持ちにまでなった。
  昨日の「うふふ」に励まされた僕は、今日これからも、藤田さんに会いに行こうとしている。昨夜からそう決めて、今日は車を会社に置いてきたのだ。
  スマートに車で藤田さんの会社の前に乗り付けて、「食事にでも行きませんか」と誘う手口も検討したが、年下の僕がかっこつけてもろくなことはない。そもそも、車だって営業車だから、スマートでもなんでもないんだけど。
  ともかく、僕は、自分の本気度をアピールするために、今日も藤田さんに会いに行く。会社の前で出てくるのを待って、「おつかれさまでした」と一言挨拶するだけでいい。それを快く思われなかったら、すぐにも潔く撤退する。もう二度と私用で話しかけたりはしない。
  高野先輩に教わった通りのマニュアルだけど、高野先輩はその手段でちゃんと素敵な花嫁さんを手に入れたんだから、倣わない手はないだろう。
  次の駅だ、と気づいた途端に、心臓が一回り小さくなったように、どくどく脈打っている。今にも破裂しそうだ。

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