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ブルーハーツ
第41話
「佐野ちゃん、またやらかしたらしいじゃん」
  藤本祥子が、どこか嬉しそうな顔で俺に言う。
「知らねえよ。もう全然関係ないし」
  不機嫌に答えると、藤本のニヤニヤ笑いは一層広がって、好奇心丸出しの嫌らしい目がぎらついた。
「へえ。タッキー、もう平気なんだ」
「ったりめえだろ」
  佐野は俺が営業にいた頃の一年後輩で、俗にいうモトカノだ。
こいつがとんでもない浮気性の女で、俺が付き合ってた半年の間にも随分なことをあれこれとやらかし、正直、俺のトラウマになってる。
  同僚の藤本は、その様子を散々に面白がって見てたから、佐野と別れて二ヶ月経った今も、相変わらずふらふらと社内の男に手を出した噂話を聞きつけては俺に報せて、俺をおちょくる。
  総務には同い年が他にいないから、藤本は親友みたいなものだと思ってるけど、こういうこと、男は絶対に口にしないから、女ってのは本当に嫌らしい生き物だ。
  そりゃ俺だって、ちょっとした浮気心くらいはあるけれど。
  たとえば、テレビドラマで観る若手の女優に「うわ、まじ可愛い。付き合いてえ」って思うとか、社に出入りしてる保険勧誘の年増女に「一発お願いしたい」って思うとか、そういう。
  一種のファンタジーってか、現実的じゃない妄想の範疇だし、そういうふうに気持ちが浮つくのと、実際に浮ついたことをするんじゃまったく違うわけで。
「タッキーは度胸がないからね」と藤本には言われるが、浮気すんのは度胸の問題じゃねえだろと腹立たしい。
  そもそも、俺が32だから、佐野は今年で31になるんだし、その年の恋愛ってったら、結婚も考えた誠実な交際であって然るべきで、後先考えずにそのへんの男と浮気するなんて神経が理解できない。
  つまり、本気じゃなかったんだろ。
  俺なんかつまみ食いする対象の一つでしかなかったってことだ。
  確かに、しつこくアピールして口説きまくったし、付き合ってくださいって頭下げたのは俺だけど、本気になれなくて他に目をやるんなら、俺との付き合いにきっちりケジメをつけてからにしてくれればいいのに、そういうだらしなさってのは人として最低じゃないか。
  藤本のせいで、朝から気分が悪い。
  会社で佐野と顔を合わせることは余りないから、ここしばらく平穏だったのに。
  デスクの電話が鳴ってたけど、シカトしてやった。廊下の自販機でわざとぐずぐず時間をかけながらコーヒーを買って、渋々に席に着く。
  ちくしょー、今度はどこの誰とやらかしたんだ、あいつ。
  佐野に未練があるわけじゃないが、なんだかムカつく。
  俺はそういうだらしない奴が嫌いだ。
  確かに、俺は結婚願望も強いし、恋愛に対しては保守的なタイプだと自認してもいるけれど、それだけのことじゃなく、佐野みたいな女は勿論、浮気する奴は男だって信用ならない。
  営業にいた頃は接待でおねーちゃんのいる飲み屋に行くこともあったが、そういう店に行くとたちまちに鼻の下を伸ばしてスケベに走る奴ってのは、大概が小賢しかったり狡いところのある奴だったりして、仕事絡みでもまったく信用できない。
  映画スターとかテレビタレントみたいな、金も名前もあって自由だけがないだろう連中が遊びでやるそれとは違う。
  女房子供を養うのにいっぱいいっぱいな小市民は身の程を知れと、いつだって不快にさせられる。
  俺が元からそういう奴だと知ってて、あの女、へらへら合コンなんかに出かけやがって。
  しかも、すぐにバレる嘘をつく。
  俺という恋人がいるのに「彼氏できないんですぅ」とか言ってたらしいじゃないか。
  お持ち帰りされる三十路女なんて、ヤリ棄てられるに決まってるのに、正真正銘のアホだ。
「そんなんじゃなくて、気が合ったから、他の友達とか紹介できるかもと思って」だと。
  電話で話してる声が聞こえてたんだよ。
「違う、カレじゃないよぉ」って、「じゃあディズニーランドとか連れてってくれる?」って、女子高生かよ、お前は。
  嘘つくなら、墓場まで持ってく嘘にしてくれよ。
  嘘ってのはバレるから嘘になるんだよ。
  ちょっと問い詰めたら、すぐに白状しやがるんだから太々しい。
「やっちゃったけど、キスはしてないからね」って、どんな貞操観念だよ。
  もちろん、すぐに別れたけど、どこで聞きつけたのか、後になって藤本があれこれご注進してくれた。
「先月は27っつって弁護士の卵との合コン行ってたってさ」とか、「春には後輩の合コンに割り込んでたんだってよ」とか、全部きっちり俺と付き合ってる期間限定のそういう話だ。
  一度お持ち帰りされてるんだから、他でも絶対にお持ち帰りされてるに決まってる。


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